ホリガー、シフ、バルトリなどのニューヨーク・デビューの機会を与えたヒルデ・リモンジャン死去

世の中にはスターがいて、大スターがいる。いわゆるスターたちは、ピラミッドの頂点の頂点にいる人たちなわけです。しかし、スターだって駆け出しだった頃があります。駆け出しの人たちを世に紹介する。それもまた大切な仕事の一つでしょう。

ニューヨークのメトロポリタン美術館にはそういう人物がいたのでした。不勉強で知らなかったのですが、ニューヨーク・タイムズ紙に出ていた訃報で知りました。ヒルデ・リモンジャンという女性が89歳で亡くなったそうです。この方はメトロポリタン美術館、そう、メトロポリタン歌劇場ではなく美術館で、コンサートや講演シリーズのディレクターを41年間務め、洗練された趣味、膨大なリソースを駆使して充実のプログラムを作り上げたそうです。1969年から2010年までのあいだ。

13歳のときにカーネギーホールで枚ラ・ヘスの演奏を聴いて、こういう音楽家たちを支えたいという気持ちが芽生えた、とのこと。それで実際にそれを仕事にしたのだから天職ですかね。演奏者には何を演奏すべきか、指示しない方がいいということを学んだ、とあります。これは本当に予算があって、余裕を持った運営がなされていたゆえのことだと思いますが、とても贅沢でありがたい環境でもあったということですね。アーティストに本当にやりたいことをやってもらう、これはとてもとても大切な事ですが、同時に、困難を伴うことでもあります。長い目で見れば、それが本当は一番なことでもありますが、そうそう簡単には実現出来ない。ガチのしごできな方だったから実現出来たのだと思います。

この間、彼女の手によってニューヨーク・デビューを飾ったのはピーター・ゼルキン(ちょっと意外な気もしますが!)、ギャリック・オールソン(こないだのショパン国際の審査委員長でしたね)、アンドラーシュ・シフ、ハインツ・ホリガー、エリー・アメリンク、チェチーリア・バルトリなど。またオルフェウス室内管を成功を後押しし、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスといった作曲家の普及活動にも尽力したと。

限られた予算の中で一流アーティストを招聘する能力に長けていたということで、こういうキーパーソンがいて、世の中は回っているのだ、ということを学べますね。音楽家も一人で有名になっていくわけではなく、様々な人によって生かされているのだ。音楽家に限らず誰だってそうですけれども!

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