アンドラーシュ・シフはハンガリーで再び演奏をする計画がある

ハンガリーの総選挙で首相が敗北したことを受け、アンドラーシュ・シフはハンガリーへの帰還を示唆しています。ハンガリーの人なのにどうしてハンガリーで弾かないの。それは、強権的な指導者と呼ばれる人たちが支配的な国にはいかない、としているからです。

ハンガリーでは2010年以降演奏していない、ロシアにも2022年以降行っていない、アメリカについても、去年のツアーをキャンセル。これらの言動に対して猛烈な批判の声、揶揄する声などもありますけれど、行動できるだけの意思の力があるというのは、尊敬すべき事と思います。とく私のように、人の意見に左右され振り回され気味で、オロオロオロああどうかしらこうかしら、よりよい回答はAかなBかな?やっぱりCだ!ギャヒーンDだった!みたいな事態に陥りがちな人、いわゆる優柔不断な日本の私からすると実にうらやましいことだと思います。

はっきりと言い切れる。言える。なかなかできることではないですし、言い切ることで事態が動くこともある。やはり断定的なものいいというのは、強いのですよね。・・・だと思う、ですと人の心は動きづらい。・・・なのだ!バーン!!!!と言い切ることで、反発も生まれるが、そうかそういうものか、と人は流されることもあり、その結果大きなうねりが発生し、気が付けば私たちは火星の上に立っていた(あり得ないと思われるようなことを成し遂げた)みたいなこともあるわけですね。反対に気が付けば、ステテンテンとすっ転んで尻餅をついて、いやあ、あれはまずったな、なんてことになっているかもしれませんけれど、やらずに後悔するよりやって後悔しなはれ。

面の皮が厚い。鉄面皮。そういう言葉を使ってもいいのかもしれません。私の面の皮などシャーレよりもオブラートよりも薄くて、ちょっと水がかかっただけでビリビリに破けてちりぢりになるのだ。ああ。ああ。ため息が止まらない!!!!

シフはしかし、ハンガリーでは演奏しないとしていたところ、ニューヨーク・タイムズによる電話インタビューによりますと「間違いなく今年中に戻る」と言っていて、それが実現することを願うとともに(通常クラシック音楽のコンサートは1年、2年先とか、さらにそれ以上先のことを計画することが多いんですね。現に私のいま話をしている案件でもっとも遠いのは2030年の案件です。さすがに4年先は長いですが)、定期的にハンガリーで演奏されるようになると、皆にとって幸せなことなんではないだろうか、とも思っています。

祖国が嫌いな人なんて、本当はいないはずだし、祖国にプライドを持ちたいと思うのは誰だってそうだと思うんですよね。

なんか話がずれずれになりましたが、そもそもがぶれぶれの私だからよしとします。

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