ノアーンで第一回ショパン・プレイエル国際コンクールが開催

ノアーンと言う名前の、なんとなく日本語だと間延びした名前を持つ街がフランスの中ほどにあります。ここはどこ、ノアーン。そうか、だからなんとなかノア~ンとしているのか。そう。のどかそうな感じがしますね。

行って見てえものだと常々思うのはそう、そこがアニメの聖地、ではなくてショパンの生涯において重要な場所の一つだからですね。生地であるジェラゾヴァ・ヴォラ、そだったワルシャワ、活動の中心だったパリ、寒くて耐えがたかったスペインのマヨルカ島、などいくつかあるショパン関連の場所の中でも特殊な位置づけ。それがノア~ン。パリから南に250kmぐらい。

なんでかというと長年のパートナーだった作家ジョルジュ・サンドのおうちがここにあり、サンドとつきあっていた期間の夏の間、わりとショパンは毎年ここに引きこもっていたんのです。7年。サンドの子ども(ショパンとの子どもではない)2人とも仲良くやっていたんですよ。ところがその子どもがサンドとの破局の原因になるなんて世の中わからないものだなあ。

そんな場所ですから、音楽祭が行われてきました。60年にわたって。そしてこの夏、初めてのコンクールが開催されていただなんて。アンテナの感度が低くて全然知らなかったですけれど、こういうの面白いですね。ノスタルジック!

せっかくコンクールをやろうというのであれば、後発組はいろいろ考えないといけませんけれど、ここではショパンが好んでいたプレイエルのピアノを使う、ということでして、賞品もプレイエルのピアノ。

残念ながらここにはオーケストラはないので、エリザベート国際のセミ・ファイナルを任されているワロニー室内の人たちが呼ばれ、えっ、ここに入るのオケ、という省スペースにぎゅぎゅっと詰め込んでやったわけです。

大都市ではありませんから音楽専用の大ホールはない、それもまたよい。

優勝したのは、ラファエル・コラール。この名字に即ピンと来たあなたは実に立派なピアノファンである。そう、あのジャン=フィリップの甥だそうです。20歳。なんか見た感じもおじさまを彷彿とさせるようではないか?コラールといえばシャンパーニュですね。Philipponnatフィリポナ。この青年もシャンパンが身近にある少年時代を過ごしたのだろうか。

ここでファイナルの2番の協奏曲をどうぞ↓

今後のさらなるご活躍を!そしてコンクールがさらに発展するといいですね(次回は3年後の2029年)

コメント

コメント一覧 (1件)

  • ジャン=フィリップ・コラールさん、どうなさってるのでしょうか? HPも閉鎖されたようだし普通に考えると引退でしょうけど。音色が信じがたいぐらい美しい・フォーレ弾くとピアノから極彩色のガラス玉が湧き出るような演奏で武蔵野から仙台フィルまで追いかけるぐらいの大ファンだったのですが。

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