メトロポリタン歌劇場の苦境2026

メトロポリタン歌劇場はしんどいらしいというようなことを何度も書いているような気がするのですけれど、ニューヨーク・タイムズ紙にまたかなり長い文章が出て、こうだぞ、ああだぞ、と数字を使いながら、このままじゃだめなんじゃないかというようなことがかかれています。

興行収入は10年前と比べて9000万ドル→7000万ドルと2000万ドル減少した。平均観客数はそれほど減っていないが、チケット価格が下落(10年前の平均147ドルから133ドルへ)し、配信収入も2019年から比べて1000万ドル以上下落している。収入は落ちているが支出は堅調に伸びている。出費を抑えるため舞台装置を他社に請け負わせた結果、期日までに完成せず結果的に140万ドル以上が追加でかかった、寄付によってなんとか救済された、とか、うまく行っていない感が強調されています。まあこういうことは失敗したから叩かれるので、成功したら誰も何も言わなかったと思いますけれども。勝てば官軍。

最近「もう誰もオペラやバレエに興味がない」と語ったティモシー・シャラメの発言が物議をよび、関係者が激怒している、と報じられますが、それは残念ながら間違いではないのではないかと感じます。そうでなければ関係者たちがここまで激しく反応しないのではないか、本当に順風満帆だったら「はー。黙殺でOK」ではないでしょうか。痛いところを突かれている、少なくとも、無視できない発言だから反応せざるを得ないのではないか、と考えます。

これまでと同じようにやってきてはダメである、というのは時代の変化もあるので当然です。記事の中に、メトロポリタン歌劇場で30年近く演奏していた元トランペット奏者マーク・グールドのコメントがあって、「劇場はできる限りのことをしているが、一般の人たちはパヴァロッティ以外のオペラ歌手の名前を挙げられないだろう。そしてパヴァロッティは20年も前に亡くなっているのです」、と語っていて、スター不在という要素もありそうですか。

だがリーゼ・ダヴィドセンが歌うトリスタンとイゾルデは券売が絶好調で追加公演が組まれたとあり、スターは今でもいる。圧倒的なパフォーマンスで観客を魅せる人はもちろんいる。しかし、ジャンルという垣根を超えてリーチしていくほどの大スターはいない、ということでしょうか。スポーツと違い点数や数字が全てではないという点が、それを阻んでいるかもしれませんし、もしかすると、ジャンルを超えてリーチしていってほしくない(なんかバランスが崩れそうだし)、みたいな密かな願望みたいなものもあったりしますでしょうか。

あの人のようになりたい!と願うこどもたちがいてこそ、持続可能性という言葉が現実味を帯びるのですね。だがどうすれば?

私のような者にもつらつらと考えるきっかけをくれる記事なので、課金して読まれるのもよいと思います。答えは「誰も簡単な答えは持っていません」だと思います。

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