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昔のレコードをデジタル化、アップロードして公開するのは違法なのか

すいません、最初にお詫びしておきますが、以下は単純に思った事、感想をだらだらっと書いているだけなので、何か学術的に意味のある文章ではありません。

1972年までのレコード、つまり著作権が切れているはずのレコードをデジタル化して非営利で一般公開しているインターネット・アーカイブが著作権侵害だと訴えられました。

Record Labels Sue the Nonprofit Internet Archive for Copyright Infringement The Violin Channel
https://www.theviolinchannel.com/universal-music-group-sony-music-entertainment-and-other-record-labels-have-sued-the-nonprofit-internet-archive-for-copyright-infringement/

それにしても著作権の話は本当に複雑というか「よくわからない」というのが偽らざる気持ちなのですよね。著作権というと普通は50年、とか70年、とかそういうのがあるはずなんですけど、ミッキーが暴れたらどうとか、あるいは日本の場合は戦時加算というのもあって、細かい事は詳しい方に聞かないといけないんですよね。

著作権をもともと保有していた会社にしてみれば、こういった行為によって人々にお金を使ってもらう可能性が低くなるということでしょうから、あまり気持ちが良くないというのは心情的には理解できないでもないです。とはいえこれは違法なんだろうか。不当な行為なんだろうか。裁判の行く末を見守るよりないのかな、と思ってます。

最近これと似たような話で興味深いなと思ったのはですね、楽譜。新しい楽譜って時々出るじゃないですか、新たに校正されたとか、新たな発見に基づく、といった大義名分が前面に出されているような、いわゆる原典版と呼ばれる楽譜。ちょこちょこっとオーケストレーションが異なっていたり、音符がほんの僅かに違っていたり、アクセントがディミヌエンドになっていたりする。で、それについて、どうしてそうなのか、というコメントが付されていたりもする。

私など無邪気に「そうかなるほど、そういったことが!」などと考えている部分もあるんですが、あれは出版社が著作権を確保するためにやっている、と語る人がいて、それはそれでなるほどなあ、と思ったのです(流されやすいやつ)。

新しい楽譜が権威筋によって「これこそが正当である」「これからはこの楽譜を使用すべし」と宣告されると、それ以外の楽譜に基づいた演奏が批判の対象となってしまう。ちゃんと買って勉強しないと、遅れている、といった話になってしまう。演奏の良し悪しが、最新の研究結果とやらに影響されてしまう。演奏がいいかどうかってそういうのとはほぼ全く関係がないのでは、と思いつつも、しかし新しい発見が新しいインスピレーションを生むこともあるよね、と思うわけですが、じゃあ買って譜読みをしないとね!なぜなら新しい発見に基づいた新しい楽譜は、IMSLPという強力な楽譜サイトにアップロード出来ないからね。

あれれ、でもなぜ?音楽そのものの著作権が切れているからいいのでは?いや、でも新しい校訂されたその楽譜はそれまでの楽譜とは少なくとも一部の音やスラーなどが異なっている。それを編集した人物がいて、その人への著作権が発生するからってことでしょうか。

新しい発見が本当に納得のいくような説得力のあるものであれば、じわじわっと年月をかけて浸透していくはず。それでいいのだ。きつく目くじらを立ててこれが正しい!今すぐ直せ!と言ってキッ!とやると、人の心が離れて行く。そして「ああ昔は良かった、最近の若者は」という、昔から続く例のループにまたまた落ち込んでしまうわけであります。あまりにも新発見が突飛だったら、それは長い時間をかけてやっぱり淘汰されていくのでしょう。

寛容の心が誰にも求められるのであります。

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