ボルドーの音楽院に眠っていたサン=サーンスの若い頃の序曲が自筆譜と判定される

サン=サーンスといえば作曲家のなかでも屈指の天才としてしられます。とんでもない博識であったことでも知られ、理論も超絶できたとか。サン=サーンスの問題は、知らない事がない点である、とかそういうイヤミをいわれたこともあるとか。ストラヴィンスキーの春の祭典では、冒頭のファゴットの音が高すぎる、この男はオーケストラの扱いを知らない、と烙印をおしたとかなんとか。

そのサン=サーンスにも若い時があって、野心に満ちてコンクールに応募したこともあるんですね。スパルタクス、というタイトルの、あまり演奏されない若い頃の序曲(有名なロンド・カプリチオーソと同じ年に書かれている)、これはコンクールのための作品だったそうです。ボルドーの作曲コンクールのための曲、1863年作曲。当時サン=サーンスは28歳。

この自筆譜が、ボルドー音楽院にずっと眠っていた。去年の6月、地元のオルガニスト・音楽学者ジャン=エマニュエル・フィレがサン=サーンスについて調べるべくこの楽譜を確認したところ、これ自筆譜じゃないっすかね、という疑問をもった。インクの染み、修正、五線の貼り付けたあとなど、明らかに人の手による修正の痕跡があった。そこからフランス国立図書館のサン=サーンス専門家(そんな司書?の方がおられるなんて素晴らしいなと思いますが!)マリー=ガブリエル・ソレさんまで話が行きます。筆跡や書き癖などを照合した結果、本人のものであると確認された。ちなみに、この作品、サン=サーンス本人がフォーレに送った自筆譜というのもあって、それとも照合されたとのこと。

「どちらが複写でどちらがオリジナルかはわからない」のだそうですが、いずれにせよわくわくするようなお話で、ソレさんもそれっ!と思わず力まれたことでしょう。子どもならここでドッと沸くところなんだがなあ。

163年前に、サン=サーンスが書いた楽譜が眠っていた。それが自筆譜とわかった。なかなかロマン心をくすぐるお話ですね。修正の跡とか見てみたいですね。かつて日本では、履歴書を書くときはボールペンで「必ず手書き」で、ミスしたらイチから書き直すのが当たり前、という風潮でしたが、フランスの場合は、コンクールに応募するときでも、ミスったら修正、でオッケーだったんですかねえ(とはいえコンクールに応募したときの楽譜かどうかまではわからないようですが)。

だとしたら、いいなあ(履歴書はミスって何度も激怒しながら書き直したほうなので)。

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