ピアニストは引退をすべきなのか、生涯現役であるべきか

指揮者は自分が音を出さないので、歳を取って弱ってしまっていても指揮をすることが可能と言えば可能です。ピアニストもまた、他のどの楽器より高齢でも演奏できるとするのが一般的です。実際に100歳近くになっても、あるいは100歳を超えてなお舞台に立つ、という人もゼロではありません。

とはいえ、やはり歳を重ねると、個人差はあれど筋力や記憶力に衰えが出てくるわけです。歳を重ねたピアニストは引退をすべきか、それともそうではないのか。これは簡単に答えの出ない問いですね。むしろ答えはありません。

マウリツィオ・ポリーニはいま81歳。かつて完璧だったテクニックはすでに無くなってしまって久しく、近年はコンサートもキャンセルしがち。一回のリサイタルで演奏する時間も一般的とされる長さよりかなり短くなっている。

そして先週末のロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールでなんとか開催されたリサイタルでは数々のアクシデントが起こったようで、聴衆は愕然としながらそのコンサートを見守ることとなったそうです。

・シューマンの幻想曲冒頭で記憶が混乱し止まる
・袖に行き、長時間舞台上にもどってこない 
・楽譜をもって戻ってくるが譜めくりはおらず、自分でめくるもうまく譜面をめくることができない。何度も演奏が止まる
・幻想曲の第1楽章が終わった段階でふたたび袖へ
・その後は安定をだいぶ取り戻し、終演まで演奏
・アンコールはなし
・聴衆はスタンディング・オベーション

というような状況だったようです。

以下がそのときの、おそらくすべての曲を演奏し終わった時に撮られた写真でしょう。

REVIEWS: POLLINI HAS A NIGHTMARE IN LONDON Slippedisc
https://slippedisc.com/2023/06/review-pollini-has-a-nightmare-in-london/

レブレヒトのブログを読むと実際に会場にいたという人たちの様々なコメントを読むことが出来ます。誰もが居心地の悪い時間を過ごしたようですが、それでも、ポリーニという「かつて輝いていた」人物の姿に心を打たれたとするコメントが多数ありました。演奏はいわゆるスタンダードには届かぬどころかボロボロだったが、それはそれ、といった感じ。

そして「もうロンドンでポリーニを見ることはないだろう」というコメントも並んでいました。しかしこれはどうでしょうか。本人が願う限り舞台に立ち続けるのではないか、そういう気がします。ポリーニのコンサートがアナウンスされると「それでもポリーニが観たい」「ポリーニのコンサートに立ち会いたい!」という聴衆は少なくないのではないか?と私は考えます。

チケットが全く売れない、ということになれば必然的にコンサートはなくなるでしょう。しかし今後ポリーニのコンサートが予告されたら人々はチケットを買うのではないか?とも思うのです。

人々はポリーニという唯一無二の存在を観に行くのであって、かつてあった輝かしい演奏を聴きに行くのではないのです。聴衆はそこで通常のピアノのコンサートにはない何かを受け取って帰るのです。老いてしまってもはやまともな演奏が出来ない、そんなポリーニの姿に人々は自分の将来や人生を重ね合わせ、心を揺り動かされるのではないかと思います。

ポリーニという人はそれだけ例外中の例外、ピアノの伝説的存在だからこそ、それが成り立つのだということでもあります。

コメント

コメントする