訃報、西村朗

このところなんだかいろいろな方がどんどんとお亡くなりになっていて、気分があがっていかないですね。昨日は日本音楽界における大物作曲家の一人、西村朗さんがお亡くなりになったというニュースが駆け巡りました。癌だそうです。

作曲家の西村朗さん死去 オペラ「紫苑物語」など 産経新聞
https://www.sankei.com/article/20230911-FSQHXGZ4RRM5TMVRGYQZUHQE7M/

昨日の夕方「ブーブブッ」と届いたLINEの無邪気な振動音。見ると、業界の大先輩からの、お亡くなりなったという文言でした。所属事務所のAMATIから連絡があったとのこと。なんと。ちょうど昨日クローズアップ藝大の第15回を読んでお名前を目にしていたところであった。

私は、何度も書くのですが、現代音楽のいい聴き手ではありません。積極的に聴いていこうぜYEAHHH!という人間ではないのですが、当然、西村朗というお名前は高校生から知っていて、ろうなのあきらなのどっちなの、みたいなところが出発点で、あのね、昔は今みたいに小さな疑問はすぐにスマホで解決、とは行かんかったんや。ちゃんと一緒に付されたアルファベットを読めばいいだけなんですが、それをしないものぐさ太郎でしたので、ついぞろうなのかあきらなのか、そのあたりを曖昧なままにしておいたようなかんじの曖昧な日本の私でした。

とはいえ、常にとは言わないけれど、時々頭にその名前が浮かぶ、そういう存在でした。

私はいま、すでに会場で顔を合わせたという方もおられると思うのですが、武蔵野市国際オルガンコンクールのお手伝いをさせていただいておりまして、武蔵野市民文化会館に足繁く通っております。今日もいるよ。

このコンクールは今回で第9回目なんですが、第3回目コンクールにおいて課題曲「焔の幻影」を書かれたのが西村朗さんでした。武蔵野市民文化会館の秘密の倉庫にはですね、オルガンコンクール関係の資料がドバッと眠っていたりいなかったりするんですが、その片隅にというか、堂々と楽譜があったのをよく憶えております。

そして、なんということか、今回審査委員の一人としてフライブルクからご参加のオルガニスト、マティアス・マイヤーホーファー氏は、国内何カ所かでリサイタルを開催されるのですが、そのうち金沢(石川県立音楽堂コンサートホール)名古屋(愛知県芸術劇場コンサートホール)でこの曲を演奏されることになっているのであります。なので、なにかとこのところ自分的にフレッカントリーにアキラニシムラの名前を目にしていたところであったので、なんとも象徴的というか、不思議な心持ちになっています。

一回限り、あるいはコンクールで弾かれて、それでおしまい、という作品ではなく、こうして後の世代に採り上げられ、演奏が続けられていく、それはとても素晴らしいことですし、西村さんの業績だと思いますよね。

ほら、自分がよく知る町を歩いていて、建物が壊されていて、「あれっ、ここに何があっただんだっけ?」と思うことってありますよね。人はそれだけ過去を気にしないし忘れがち。しかしきっと西村朗という名前はこれからも生き続けるのだと思います。

とりあえず「焔の幻影」すげー曲だから聴いて。

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