グバイドゥーリナの最後の作品が今週ボストン響で初演されました。指揮はアンドリス・ネルソンス。最後の作品といいますが、完成はしておらず、長年の友人だったエレーナ・フィルソヴァが半分以上を補筆して完成させました。本人が作曲していたのは6分半で、フィルソヴァはそれを20分の作品に仕上げた。2020年に完成していた《神の怒り》という16分のオーケストラ作品への前置きというような位置づけや性格を持つ《プロローグ》という作品です。
ちなみにグバイドゥーリナは「私はいつも作品の終わり、あるいは終わりの直前を最初に考える」と語っていて、《神の怒り》が先に書かれ、そのあと《プロローグ》を書き始めた、というのは、まさにその発言を裏書きするものです。
たいへん面白いことに、フィルソヴァとグバイドゥーリナは未完成作品について、他人が完成させるべきではない、という点で意見が一致していたらしいのですが、最終的には「彼女のためにやらなければならない」と考え、引き受けるにいたった、ということです。
そしてその彼女の言葉がとても刺さってくるというか「これは私の作品ではないし、同時にソフィアの作品でもない」、と語っていて、とても興味深いですね。世の中、誰かが完成させた作品というケース、けっこうあって、一番有名なのはモーツァルトのレクイエムと、プッチーニのトゥーランドット、このあたりですね。これらはどちらもモーツァルト作品、プッチーニ作品として知られ、あくまでも完成させた人は補筆者として名前が添えられる程度。
もちろん、フィルソヴァ自身が「どちらの作品でもない」といったとしても結局はおなじこと(グバイドゥーリナ作品として認知される)になるのかも知れませんけれど、どちらの作品でもない、という言い切り方には、考えさせられるものがありますね。
なお初演の評価は「おおむねグバイドゥーリナの音楽として聞こえる」だったようで、これは友人の書法、クセなんかをよく知っていた人だからこそと言えますでしょうか。なおフィルソヴァ本人は「自分は旋律で考えるが、ソフィアは音程で考えると言っていた」と語っていて、それを意識しつつ、スケッチや構成プランをもとに作曲された。「深淵の中で個人の悲劇を表すオーボエ・ソロ」など、グバイドゥーリナが言葉で指定しただけで音符を一音も残していない箇所もあったそうです。
この曲の根底にあるのはベートーヴェンの弦楽四重奏曲Op.135の有名なフレーズ「Muss es sein? Es muss sein!」(そうでなければならないのか? そうでなければならない!)で、この曲(《神の怒り》とともに)はベートーヴェンに捧げられている。
日本でも遠からず初演されることを期待したい。


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