アムステルダムのコンセルトヘボウで環境活動家がコンサートを妨害

Photo: Extinction Rebellion Nederland (Twitter)

ヴェルディのレクイエムが標的になりました。

環境活動家3名がコンサートに潜入し(チケットは買っていたのでしょう)、演奏中に突如立ち上がると、「我々は天候の危機のまっただ中にあり、船が沈みかけているのに静かに演奏を続けるタイタニック号のオーケストラのようだ」などと叫んだのだそうです。

https://operawire.com/climate-activists-protest-concert-at-concertgebouw-amsterdam/

https://www.classicfm.com/composers/verdi/extinction-rebellion-requiem-concertgebouw/

ホール内は騒然。ブーイングなどの起こる中、他の聴衆やスタッフに引きずり出され3名は退場となったと。なぜこの曲が選ばれたのか。「気候変動のために多くの人々が死んでいる」ことから、レクイエムが対象になった、と活動グループは説明している。また、引きずり出されるという結果になったことに関して「オランダのエリートが気候危機に対処する方法を示している」と揶揄。

コンセルトヘボウ側は彼らに同情/共感(sympathetic)しつつも、「このような行動は文化的イベントに向けられるべきものではない。パニックや人々の危険につながる可能性もある」と声明を発表。

コンサートは数分の中断ののち再開され、終演後は7分間のスタンディングオベーションとなったとのこと。なお演奏していたのはミラノ・シンフォニカで指揮はクラウス・ペーター・フロール。

クラシック音楽コンサートにおけるこのような行動は残念ながら全く効果がなく、むしろその場に居合わせた人々のほぼ全員から単純に「嫌われる」だけ、そして自分たちは「やってやった」という満足を得るだけ、分断をあおるだけで終わると思います。

クラシック音楽コンサートは時々とても静かなので、そういう瞬間に演説するのは確かに向いていると言えるかも知れませんね。そしてコンサートホールやコンサートを主催する側にしてみますと、こういう活動家がホール内に突然現れて叫び出すことを予防することは不可能。

ただ、演説をされても共感は得られずみんな白けるだけ。「やめて」としか言いようがないのですが彼らの心には届かないのだろうな、そして模倣犯がこれからも現れるのかもしれないな、と思うと、何とも残念な気持ちになります。活動する側からすれば「理解してもらえない」という気持ちから、より過激化へと進むだけではないですか。いや、おそらく会場の人々に共感してもらえなくても、SNSで拡散され、溜飲を下げる人が現れてくれればそれでよいのでしょう。

こういう曲を採り上げるとこのような活動家が寄ってきて妨害される可能性が高い、というような事になると、曲目選びに関しても考えざるを得ない。ただでさえチケットを売るというのは非常に困難なことなのに、余計な心配事が増えてしまう。そもそもこういう活動家や模倣犯が増えてしまうと、聴衆の足が遠のく可能性がある。つまり、すでに十分に経済的に苦しいクラシック音楽コンサートというものが終了してしまう危機に陥ると言わざるを得ません。

彼らはクラシック音楽コンサートは滅亡すればよいとでも考えているのでしょうか?また、今回のアムステルダムでは演奏中に立ち上がって演奏と無関係な演説をぶっただけで終わりましたが、矛先が貴重な楽器や演奏家に向かわないと誰が言い切れますでしょうか?「これしか方法がないんだ」と言って壁にペンキをぶっかけたりするような活動家もいるというのに?

環境について考えるのは重要。しかし過激な手段を使って主義主張を煽っていくのはよくない。

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