指揮者もiPadを使うべきなのか。

とても気の毒な事件が起こったと言わざるをえません。盗まれてしまうとは。

11月5日に自動車を盗まれたのは、指揮者であった。ボストン・フィルの気の毒な指揮者の車はその後発見された。ただし、書き込みいっぱいの貴重な楽譜3冊が車からなくなっていた・・・・。

https://www.nbcboston.com/news/local/priceless-musical-scores-missing-after-boston-philharmonic-conductors-car-theft/2894654/

何年も何年も、書き込みをしては消し、消しては書く、を繰り返していたに違いない、自分史上極めて重要なスコアを盗まれたとあっては誰だってがっくりせざるをえない。こんなことがあっていいのか、どうして自分なのだ!と運命を呪ったであろうことはまず間違いがない。ザ・大惨事。

だが実際に起こってしまったものはしょうがない。コンサートでは、楽譜が戻ってこない限り書き込み等のない、まっさらな楽譜を使用せざるを得ないのであります。記憶を頼りにするよりないのであります。ああ、運命の女神は実に残酷であることだよ。

盗んだやつが悪い、それはそうです。しかし起こってしまった現実は覆水盆に返らずであります。どのように対処し、この事件から何を学ぶのか。

もしかして、、、、クラウド化すればいいんじゃない?書き込みも含め全部デジタルでやれば、仮にiPadが盗まれたって大丈夫。クラウドの中にあるから、ちょちょいのちょい、や。そらあクラウドがぶっこわれて消えるリスクもあるけれど、盗まれるよりかはリスク低くないか。

いまのところiPadあるいはそれに類するデバイスを使って演奏するソリストはいても、指揮者ではなかったのではないか、なので、話題になることも間違いがない(話題になればいいのか)。いや、不思議なことだ、なぜ指揮者はいまだに紙の楽譜にこだわるのか。

私みたいなおっさんは絶対に紙じゃないといやだけど、先日お仕事をご一緒させていただいた20代の若手指揮者も、どでかい紙のスコアを持ち歩いて指揮していました。しかし、iPadなんかで指揮するデジタル世代の指揮者がそろそろ出てもいいのではないだろうか?デジタルに慣れきった若者は書き込みからなにから全部デジタルでもいけるのではないか。そうだ、こんど若い指揮者と仕事をともにすることがあれば、聴いてみよう。そう固く決意しました。

考えられるマイナス要素としては、指揮するにはiPadはちょっと小さすぎる、っていうのがありますねきっと。リヒャルトSとかストラヴィンスキーとかになると段数も増えがちですから、その分画面も大きくないといけなくて、でかいのをつくるのも大変なら、持ち運びも難しくなる。きっと特注になるから落っことして画面がバッキバキになったときも簡単には取り替えが利かないから大変だ。

2階席とかから眺めている聴衆から「あの指揮者の楽譜バキバキに割れとったで」とかやられる危険と隣り合わせなのだ。くわばら。

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