うわー。
もちろん会ったことがあるわけでも、実演に触れたことがあるわけでもないのですが、やはりびっくりしますし、残念だと思います。ピアノを学んだことのある人間の一人として、やはりバイロン・ジャニスの名前は伝説的な輝きをもっているわけです。バイロン・ジャニスが95歳で死去のニュース。
アメリカ生まれの偉大なピアニストって誰?と言われてまず思い浮かぶのが飛行機事故で亡くなったウィリアム・カペル、そんでもってチャイコフスキーでナニしたヴァン・クライバーン、あとはショパン国際で優勝したギャリック・オールソン、お父様が偉大なピーター・ゼルキンとかでしょうか。
しかしバイロン・ジャニスはその中でも特別な位置づけだったと思うんですよ。そもそもジャニスはレヴィーン夫妻に学んでいたんですが、それよりもその名前を不滅にしているのは「ホロヴィッツに学んだ数少ないピアニストの一人だったから」です。かのカペルも確かホロヴィッツには学んでいない。
ホロヴィッツはピアノを教えないことでも知られていたので(教えることに興味がなかったのだと思われますね。ちなみにホロヴィッツが弟子として認めたのは、バイロン・ジャニス、ゲイリー・グラフマン、ロナルド・トゥリーニの3人だけ)、そういう意味でとてもとても貴重な存在。そして病気で1970年代に演奏をしなくなっちゃっていたので、実演に接したという人はこのブログをお読みの方でもほとんどおられないのではないかと思いますね。
エド・サリヴァン・ショーに出演するバイロン・ジャニス↓
バイロン・ジャニスがホロヴィッツに学んだのは15歳からの4年間つまり1944年から1948年まで。戦争中から戦後にかけてですね。ジャニスは1928年3月24日生まれだったので、もうすぐ96歳にならんとする直前、95歳でなくなったということになります。ご冥福をお祈りいたします。
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