実演に接することはありませんでしたけれど、若い頃にCDで聴いていました。タマーシュ・ヴァーシャーリ、92歳で没。ハンガリーは日本やなんかと同じで名字が先に来るので混乱が生じるのですけれど、タマーシュがファーストネームで、ヴァーシャーリが名字です。1933年生まれのピアノのレジェンドです。ドイツ・グラモフォンからもレコーディング多数。
6歳でハンガリー協奏曲第2番を弾いたということですから、文字通り天才、神童。14歳のときには指揮者になることを決意していたそうです。コダーイの助手をしていたこともある。1955年のショパン国際ファイナリスト、1956年エリザベート国際で第6位。この時をきっかけに、当時のハンガリー政府によって投獄されていた父を救うべく王妃に直接支援をもとめ、父は釈放されたということです。困難を乗り越えたのはすごいと思うと同時に、王妃の支援の意味、政治的にも難しかったのではないかと想像するのですが、手を差し伸べられたというのはすごいことだなと思います。両親とともにハンガリーを脱出し亡命。ベルギー、スイスを経てロンドンへ。
指揮者としても1970年代から活動を活発化させ、1972年には祖国へ戻り、ハンガリー放送響の指揮者に。またノーザン・シンフォニアの芸術監督もつとめたのち、ボーンマス・シンフォニエッタの首席指揮者、さらにハンガリー放送響の首席指揮者にも。2023年には90歳を記念してガラコンサートが催され、翌年には伝記というか、ヴァーシャーリへのオマージュと題する本も出版されていたそうです。
1996年、63歳のころに弾いたハンガリー狂詩曲第15番の映像:


コメント