ジーン・ハックマン。若者には響かない名前でしょうか。ジーンと感動するからジーン・ハックマン。というダジャレをですね、子どもの頃兄たちと言い合ってはクスクス、ゲラゲラ笑っていたような気がします。無邪気だね。
スーパーマンの敵役として私の脳ミソにはすり込まれ、ミシシッピ・バーニングやポセイドン・アドベンチャーなども印象的でした。特にポセイドン・アドベンチャーは大好きな映画で、ひっくり返った船内から脱出すべく頑張るっていうやつな。最後は、まさかそんなことがうわーっうわーっやめてーやめてー!!!
ってすごいいたたまれない気持ちになるんですよ。ああ神よ。オーマイゴッド。
ジーン・ハックマンが妻や犬とともに亡くなっているのが発見され、事件性はない、という最初の報道。しかしもしかすると事件性があるのかも、みたいな風に変わっていて、またしてもやるせない気持ちになりました。
しかし、一緒になくなっていた妻がピアニストで、しかもハワイ生まれの日系人だったという事実には驚きました。ニューヨーク・タイムズがわざわざ記事にするほどだから、アメリカでも関心が高いのかもしれない。
ベッツィ・アラカワという名前でハックマンの2度目の妻で、もとピアニスト。1959年12月15日ホノルル生まれ。11歳でホノルルのホールで数千人の前で演奏、ホノルル交響楽団(当時の名前、現在はハワイ交響楽団)とも共演したそうです。
ハックマンと1991年に結婚してからずっと一緒に暮らした。授賞式などには一緒に出ていたが、脚光を浴びることは避けていた。プライベートを守っていた。結婚後は人前で演奏する事はなかったそうです。
いろいろな人生がありますね。あ、娘ちゃんが起きてきたので今日はここまで。
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